マインドを語る時よく出てくる言葉が「心技体」です。
これについて、私がリスペクトしている落合博満GM
(中日)が面白いことを言われていたので、それを
紹介します。
音声も撮ったので、聞きながらだと、わかりやすいと思います。
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■「心技体」でなく「体技心」
どういうことかというと「順番が逆」ということ
ですね。まず健康、次にスキル、最後にマインド
というわけです。
理由はこうです(私の言葉で説明します)
まず、体が健康でなければいいマインドなど
持てるはずがない。死に際に悟りを開くなどの
例外はあるが、それ以外の時は、たとえば歯が
痛ければその虫歯のことしか考えられなくなる。
風邪でも何でも同じ。だから、まずは体が
健康でなければならない。
次にスキルが重要。たとえば「24時間以内に
こういうサイトを開設してくれ」と言われたとして、
サイト開設のスキルを持っていなければ、当然
できない。これはマインドの問題ではない。
でも、スキルがないためにその人はそこで「諦める」
という選択をしなくてはいけない。
ここでこの人のマインドの中に「諦める」
という経験が植え付けられてしまう。
一方、スキルがある人はここで挑戦し、成功し
「お前はすごい」という言葉を貰える。
逃げずに挑戦した経験、人から褒められた経験などが
プラスされて、その人のマインドはさらに強くなって
いく(スキルがあったからできただけで、別に
マインドが強かったわけではないのに、マインドまで
評価してもらえる)。
…というわけです。この「健康」「スキル」の土台が
あれば、自然とマインドは強くなるというわけですね。
これが落合さんの主張する「体技心」です。
■健康でありたいというのも、また心では?
上の話をある人にした時「でも、最初の健康で
ありたい、というのを実践するのも、またその人の
心では?」と言われました。
それは確かにそうかも知れません。世の中には、
自分の健康を害しても平気という人が結構います
(私も体の部位によってはそういうところが
あるので、反省しています)。
ここまで来ると、性善説と性悪説の議論のように
「やっぱり人間は生まれつき(あるいは3歳までの教育)に
よって全てが決まってしまっているんだろうか」
という気持ちにもなります。
ただ、私が思うに、こういう内容の記事を
読みたがって読んでくださったり、「自分には
そもそも最初の『心』からないのでは?」と不安に
なるような人なら、多分大丈夫だろうということです。
本当にだめな人なら、そんな不安すらそもそも
持つことがないでしょうから。